河野通洋(八木澤商店)

八木澤商店について

八木澤商店は創業が1807年の醸造業で、岩手県陸前高田市の今泉という古い街に、最初は清酒の製造業としてはじまっています。

太平洋戦争まではお酒を作って販売するということを本業として成り立っていて、戦争中はお酒の原料であるお米は食料として徴収されますので気仙地域のなかにある9件の酒屋が一緒になって、酔仙酒造という別会社を作りました。

蔵がもともと、酒造り用の醸造の蔵なので、そこで酒以外で作れるもの、って考えていった時に、元々蔵人用に作っていた味噌とか醤油、これを本業にしていこう、ということで、戦後は味噌、醤油を本業にして、特に大船渡とか、気仙沼で獲れる水産、昔、鯨がとれた時には鯨の大和煮用の醤油とか、さんまが獲れればさんまの佃煮とか、いくらのシーズンになるといくらの醤油漬け、こういった商品に、八木澤商店の醤油が多く使われるようなかたちで、生業として成り立ってきています。

madehni結成の経緯

madehniというのは、気仙沼の斉吉商店、石渡商店、オノデラコーポレーションと、八木澤商店だけ陸前高田市なんですけれど、その4社で結成した、みらい食の研究所という団体で作っている食品のブランドの名前です。

このmadehniの結成の時には、一番最初の声がけ役は斉吉商店の(斉藤)和枝さんが「河野さん、新しく商品を開発する会を一緒につくりませんか」ということで、ぜひ、ということで、お互い学び合う、磨き合う会にしていきましょうということで商品開発をしていくのもそうですけれど、自社の、今の品質をどう向上していくか、ということで、それぞれ商品を持ち寄って、それを食べていただいて、これはもっとこうした方がいいんじゃないか、というような意見を率直に言っていただきながら磨いてきた会です。

madehniの活動で印象的なエピソード

madehniは、本当にそれぞれの事業者がいいものを作っているんですけれども、チャレンジしてmadehniの研究会に持ってくるので、そこでよりいい物にしようと磨き合いをするために、ダメなときはダメっていうんですね。

これは本当に美味しいものを作っているだけでは認めてもらえなくて、この商品は八木澤商店の本業とどうつながっているのか、というようなことも聞かれるので、そういう磨き合う場って、今まで無かったものですから、そういった意味でmadehniは打たれ強くなければ行けない会でもあります。

八木澤商店がいちばんmadehniしていること

やっぱり、時間をかけるべきところにかけるということがすごく大事なんですね。

本当に手早くやらなければいけないときはそうなんですけれど、醸造物っていうのは、たとえば醤油で長いものでは2年間、発酵・熟成に時間がかかります。

その前の段階の、われわれが、この大豆で味噌を作ったり、醤油を作ったりしたいな、というふうに思い、それを実際に試作して、農家さんに一軒一軒、この大豆を作ってください、というふうにお願いして、出来上がってくるまでに相当な年数がかかるんですね。

原料の素材をもっとより良いものにする、っていうふうなことだけでも、今世の中にあるものをそのまま取り入れるのではなく、自分達の地域の独自性を作っていこうということにつながっていくので、本当に何十年単位で商品というのは出来上がっていきます。

その時間を惜しんでしまっては、本当にいいものは出来てこないと思うので、八木澤商店にとってのmadehniはそういったものに手間とか時間を惜しまずに、取り組んでいくということです。

八木澤商店(外部サイト)